「フランスにゆかりのある土地と、フランスにゆかりのあるオーナー。この二つを結びつけられないか。すべてはそこから始まりました」と建築家の岡由雨子さんは回想する。横浜の馬車道にある〈岡由雨子建築ディザイン〉を、のちに『Appartement Montparnasset』のオーナーとなる夫妻が訪ねたのは2015年。初対面となる両者を取り持ったのは、オフィスに無造作に立て掛けられていた古いスチール製の窓枠だった。
STORY 建設という物語
記憶と想いを織りあげて
つぎの100年を紡いでいく。
01 : Appartement Montparnasse
[アパルトマント モンパルナス]
閑静な住宅街のなかに、その白亜の建物は佇んでいた。そう、まさに「佇んでいる」という言葉がしっくりくる。降りそそぐ陽光を照り返すのではなく、おだやかに受けとめて調和させる漆喰の壁。空に向けてゆるやかなアーチを描くシルエットは、どこかヨーロッパの修道院を思わせる。竣工は2016年。ほどよく歳月をまとった外観には静謐さが漂い、あらかじめ「よい歳のとりかた」を約束された人を目にしているような、そんな印象すら受ける。
『Appartement Montparnasset(アパルトマント モンパルナス)』は、「暮らしのアトリエ」をテーマにつくられた賃貸集合住宅。その名称には、かつてこの地に息づいていた芸術と文化の記憶が受け継がれている。1920年代から1940年代にかけて、池袋周辺にはいくつものアトリエ村(アトリエ付き貸家群)が生まれ、若き芸術家たちが集っていた。かれらが志向し体現した自由で新しい潮流は、いつしかエコール・ド・パリの拠点となったモンパルナスになぞらえて「池袋モンパルナス」と呼ばれるようになった。
その窓は取り壊されることになった工場から岡さんがもらい受けたもの。堅牢なつくりの鉄枠に嵌められたガラスには、現在ではほとんど見かけることのないガラスパテが施されていた。「それを見た途端、オーナーさんが“あっ”と声を上げられて。“このよさが分かる方とならぜひご一緒したい!”とすぐに意気投合したんです」。自身もパリで生まれ、フランスの美術学校で室内建築を専攻した岡さんにとっても、それは運命的な出会いとなった。
古きよき時代を現代に再建する。それもまたこのプロジェクトの使命だった。何かしらのヒントを得ようと、岡さんは都内に残された1920〜30年代の建築をつぶさに見てまわった。しばらくしてオーナーから数冊のぶ厚いスクラップブックが手渡される。「イメージソースとしての写真やスケッチが、みっちりと詰め込まれていました。フランスにまつわるものが多かったですね」。とりわけオーナーが強く心惹かれていたのが、ヨーロッパの古い修道院とアトリエだった。けれども修道院とアトリエでは、建物としての役割や機能は異なっている。岡さんは膨大な数の写真を眺めながら二つの共通点を探っていく。
はじめに気がついたのは「光の抜け感」だった。建物の奥にひそむ暗がりに差す光。なめらかなカーブを舐めるように照らす光。一筋の光明がもたらす啓示は、信仰にも芸術にも通じるものだ。それから「ヴォールト(アーチ状の天井様式)」や「縦の格子」といった要素も浮かび上がってきた。「光についてはずっと考えていました。住まう人の視界を想像しながら、“どういう体験がそこにあるのか”という問いかけをオーナーと何度も交わしました」。建物について考えることは、日々の暮らしについてより深く考えることでもある。こうして建物の「芯」となるコンセプトは徐々に固まっていった。
記憶と想いを織りあげて
つぎの100年を紡いでいく。
01 : Appartement Montparnasse
[アパルトマント モンパルナス]